ベーグルの穴から見えた日記

私には夢がある

月曜の真っ昼間にこんにちは~。
なんとなんと今週は、月曜がアメリカの祝日なのです! Martin Luther King, Jr. Dayです。キング牧師の日です。

ヒマに任せてマーティン・ルーサー・キングJrのWikiを読んでいて、黒人が権利を獲得してからの歴史の短さに、改めて驚いた。

Wikiによると。

エイブラハム・リンカーン大統領の奴隷解放宣言が1862年。うん、1862年と言われると、昔ってかんじするよね。リンカーンだしね。
でも、奴隷制が廃止されてからも人種の「隔離」はそのまま残っていて、白人と非白人であらゆるものが分けられてた。「白人専用」の看板があるものは、黒人は利用できなかった。

アラバマ州に住むローザ・パークスという42歳の黒人女性が、バスの中で白人席と黒人席の中間にある、空いている時には誰が座ってもいい席(中間席)に座っていて、その後バスが混み始めた時に、運転手が中間席の黒人たちに対し、白人に席を譲るよう命令したのに、ローザさんは「席を立つ必要を感じません」といって席を立たず、逮捕されたという、有名な事件がある。これが起こったのが1955年。

つまり、奴隷解放宣言からほとんど1世紀が経ちかけている1955年でも、白人と非白人を区別することは、当たり前の風景だったということだ。中間席に座っていたローザさん以外の3人の黒人は、命令に応じて席を立ったんだとか。

アメリカって、州によっても性格が全く違うから、50州全てでこの調子だったわけではないだろうけど。
マーティン・ルーサー・キングJr.のWikiには、キング牧師がボストン大学の大学生だった時に、白人ウェイターがキングが黒人だからと注文を取りに来なかったら、そのウェイターは人種差別で即逮捕されて、キング青年は生まれ育った南部との違いに逆に驚いた、と書いてある。これも1950年前後のこと。

それはともかく、ローザさんの逮捕事件は、黒人によるバス利用ボイコット運動につながり、バス会社は大きな打撃を被った。またローザさんが裁判で争った結果、市の人種差別条例が違憲として禁止されることになった。これが1956年。
ここからさらにキング牧師はもちろん、いろんな人の努力があり、

「1964年7月2日に公民権法(Civil Rights Act)が制定された。これにより、建国以来200年近くの間アメリカで施行されてきた法の上における人種差別が終わりを告げることになった。」(マーティン・ルーサー・キングJr.のWikiより。)

1964年って、考えてみれば、ほんの50年前!

私、趣味のお友達でアメリカ人の50~80歳以上の人がたくさんいますが、あの人たちなんて、この動きをその目で見ているのだ。
単なる外国の歴史として習っている時は、このすごさを感じなかったけど、こうしてアメリカにいる今、全く違った印象を受けるなあ・・・。

そして、権利を得てなお、その戦いは終わらない。

例えば私だって、黒人じゃないけど、日本人、つまりアジア人だ。アメリカにいたら当然、マイノリティだ。
2013年の今、私自身が、日頃のアメリカ生活の中で差別を常に感じるということはないけど、人は、意識的・無意識的に、人を人種で「区別」してる。
また、人が誰かを憎む時、まるでその理由の1つであったかのように、人種のことがくっつけられる時がある。「これだからxxx人は嫌なのよ!」「けっ、xxx人のくせに!」とか。
アメリカに住んでると、そういう話の実例には事欠かない。

区別する側は悪気もなく当たり前のこととしてそれをしてるとしても、区別された相手にとって不快な域に達すれば、それは区別じゃなくてもはや「差別」ということになるんだよね~。
権利を獲得するまでも大変だけど、その後の、「人の気持ち」と向き合っていくこの段階は、さらにややこしい。

その「区別あるいは差別」をゼロにすることは不可能なのであって、より多くの人が不快じゃなく生きていけるバランスを探ることになるのだろう。

そして、人種の差別だけじゃない、この世界にたくさん存在する、差別。そして私は、マイノリティだ。

差別を減らしていくための重要な一歩に、マイノリティの人たち自身の気持ちの改革がある、とすごく思う。

ローザ・パークスの事件でいったら、「黒人は白人に席を譲れ」と言われた時に、席を譲るぐらいならまあ人生において大したことではないのだ、ということで素直に譲った人と、人間の尊厳の問題として捉え、席を立つことを拒んだ人がいたということ。2つの選択の、どちらが偉いとか正しいではなくて、そのマイノリティの中のマジョリティが「現状のままでも別にかまわないのだ」と思っていたら、それが答えなんだということ。

だから、「それでは絶対に嫌なのだ」と思い、実際に行動する人たちにとって、最初の敵、というか対象は、同じマイノリティの人たちなのだろうと思う。もしかしたら、最初だけじゃなく、その後もずっと。

公民権法が実際に制定される約1年前に行われた、キング牧師による有名な「I Have a Dream」の演説は、「そりゃあまあ、なったらいいけど、まあでも、無理だよね~ははは」という非現実的な夢ではなくて、それが望めば叶う現実的な夢になりつつあることを、黒人も含む全てのアメリカに強く示した。
そして同時に、法律で権利を獲得したからといって、アメリカがそれを本当に望むのでなければ、「子供たちが肌の色ではなくてその中身で判断される国」は実現しない、夢とはそういうものなのだ、ということも。

I Have a Dream、かあ・・・。

私にも、夢がある。「こうなるといいのに」という思い描く世界がある。そして、「きっとそうなっていくんじゃないか」と信じる心もある。
でも、思って、信じてるだけでいいのかなあ・・・?

私には、何ができる?

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「飛ぶことができないなら、走れ。走ることができないなら、歩け。歩くことができないなら、這え。何がなんでも、動き続けることだ。」マーティン・ルーサー・キングJr.
(今日がキング牧師の日ということで、SNSで誰かがシェアしてた画像を拝借。)

そんなことも考えていきたいなと思っている、今日この頃。
今年のマーティン・ルーサー・キングJr.デイに、こうして彼の話を振り返れたことも、大変よいと思っています。

しかしそんなキング牧師の素晴らしい功績についてまとめたWikiの最後にある「逸話」の項によると、女性関係は相当だらしなかったようですね・・・。奥さんもいたというのに! ま、モテたんだろうね。しかしすごいオチだなあ!

以下は若干話がずれますが、アメリカのマジョリティについては、将来的にはヒスパニックと呼ばれる中南米のスペイン語圏にルーツを持つ人々が、白人を超えてアメリカのマジョリティになっていくという統計予想も出てます。
黒人差別の場合は成り立ちが違うので当てはまらないけど、一般的にいって、差別を減らしていくには、絶対的な数を増やすっていうのも、ひとつの確実な方法かもしれない。可視化。世の中にとって、無視できない存在になるということ。見えないものには、権利もあげられないものね。
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コメント


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ほのかなさん、
ありがとうございます~。

私の文章は、食べ物の時と猫の時にテンションが上がるけど、それでも文章のテンションでは父親になかなか勝てないねっ!

食べるのが好きなのは、母親譲りね。(料理の腕は特に引き継がなかったけど・・・)

そして自分を信じて突き進む強くて健やかな心は、両親譲りではないでしょーか?!

あすかまる | URL | 2013-02-03 (Sun) 02:51 [編集 ]


絶賛!

 アスカ丸って文章力凄いね!
父親&母親勝りですか、譲りですか?

自分を信じるに感動しちゃいました!!!

ほのかな | URL | 2013-01-31 (Thu) 20:43 [編集 ]


エルモちゃん、
ありがとう!!!!!
勢いに任せて書いたけど、そんなふうに読んでもらえたなら、書いたかいがあったかなー。ありがとね。

あすかまる | URL | 2013-01-27 (Sun) 04:54 [編集 ]


すごーく、じーんとしたよ!!
この文章、きっと何回もよむとおもう

エルモ | URL | 2013-01-23 (Wed) 14:06 [編集 ]