ベーグルの穴から見えた日記

安物買いの銭失い→捨てる神あれば拾う神あり。

コーヒーメーカーのポットの底にひびが入ってしまった。買ってまだそんなにたってないし大事に使っていたのに、安物だからガラスが薄かったみたい。ポットだけ新調するにも10ドル以上かかって、全部を買い換えるのと変わらない。でもまた安いのを買って壊れても困るし・・・。と思っていたら、ガレージセールでコーヒーメーカーを見つけたのだ! 何たるタイミングのよさ!
ガレージセールというのは、家の前に不要品を並べて売ること。こっちではわりと普通のことらしく、結構いろんな家が日なたぼっこやおしゃべりを兼ねて、のんびりやっている。売っているものも、服やら靴やら電化製品やら本やらおもちゃやら、本当に何から何まである。
コーヒーメーカーをぶら下げて小躍りして帰る道すがら、ちょうど赤瀬川原平さんの「優柔不断術」という本を読んでいたので、その中でも触れられていた「貧乏性」について考えていた。
日本人は要らないものでも、「またいつか使うかも」とため込む傾向が強く、これを貧乏性と呼ぶ。でもその一方で自分の家で要らなくなったものを他人様に売るだなんて、恥ずかしいと考えそうだ。親戚の子におさがりの服をあげるのでも、「あんまりへんなものはあげられない」とか言って、あれこれ迷ったりする。それは見栄でもあるし、うちで要らないものは当然よその家だってもらって困るはずという意識でもある。
でもガレージセールは、まったく逆の発想だ。何でもとりあえず売ってみる。要らないかどうかは相手が決める。日本に比べて「普通の人はこうだろうな」っていう先入観がすっごく少ないのだ。この国の特徴が、こんなところにも出てるといえる。
ところでこのガレージセール、お金持ちというよりは貧乏人の発想だろう。不要品を目の前にして、とりあえずしまい込んで使う日を待つ農耕民族と、誰か使う人がいるんじゃないかと動いてみる狩猟民族の血が出てるとも言える。でもじゃあこのガレージセールを、貧乏性と呼べるのか?
やっぱり、なんとなく、ガレージセールは貧乏性とは違う気がする。本の中でも「アメリカにはたぶん貧乏性はないんじゃないか」と書かれていたけど、確かにきっとそうだと思う。貧乏性は、もっと違う。なんかうじうじと、みみっちいものなのだ。
かんちがいしないでください。赤瀬川さんも私も貧乏性だ。それどころか「いいじゃん貧乏性、わたしゃ大好きだよ」と開き直っている。この人の貧乏性っぷりもすごいらしいが、私だってかなりの筋金入りである。私をよく知る人はみんな力強くうなづいてるはず。

ところで、こっちでもっとすごいのは、家具だ。たんすとか、棚とか、欲しいなあと思ったらしばらく注意して辺りを見回して歩いていると、時々落ちている。家に近ければ近いほどいいが、マンハッタンから電車でお持ち帰りすることもある。
いや、かんちがいしないでください! 私だけじゃないんだから! 高級スーパーが立ち並ぶエリアをさっそうと歩く上品なおばさまが、明らかに拾ったと思われる棚を小脇に抱えてることだってあるんだから!
でもこれもやっぱり、貧乏性というにはちょっとアクティブすぎる感じがする。ただだから、近いけど、でもやっぱりぴんとこない。

ひびの入った我が家のコーヒーメーカー。まだ使えるから捨てずにしまっておいて、3ドルコーヒーメーカーが壊れた時に使うんだ。そう、これこそが、貧乏性よね! うんうん!
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