ベーグルの穴から見えた日記

命の芽

今週は、週にいちどのコーラスの練習日にまとまった雪が降って練習は中止となり、さらに今日の日曜に予定されていたケア施設でのコーラスの公演も、みぞれ降る悪天候により、延期になりました・・・・。それで、日曜の午後に、フルメイクの顔にパジャマで、こうして日記を書いているのです・・・。今ごろ、歌ってるはずだったのにー! うわーん!

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(まだ降り始めの、雪の日の朝の通勤風景。ええ、会社には行きましたよ、ふつーに。人が少なくて、人間らしく通勤できたのは、非常によかったですが。)

なんでこんなことになったか、わたしはわかってるんです・・・・。
わたしが日記に書いたからなんです、「いやー、今年は暖冬です、ニューヨーク。」って!!!

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(で、翌朝はこの通り、ぴーかんのお天気!!! クイーンズの積雪は、15~20センチぐらいでしょうか。重い雪で、木の枝がしなっていてかわいそうでした。)

書く時にほんの少し、こんなこと書いたらそんなことになっちゃったりして・・・、と、頭によぎったんです。
が、まさかねー、と打ち消して、書いちまったんです。そしたらもう、こんなわけですよ。すごすぎるわたしのパワー・・・。

冬は大好きだけど、これが難点です・・・。
せめて、私の楽しい予定のある日にピンポイントで雪やみぞれを降らせるのだけは、やめてあげてちょうだいー!

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冬はまた、訃報を聞くことも多い気がします。人はいつだって死ぬけれど。
最近も、死の知らせがいくつか重なって、その一方で、生の知らせも舞い込んできたりする中で、いろいろ考えることも多い。
死んだり生きたりしているうちにも、地球は回っている。時間はめぐっている。
そして空を見上げれば、枯れ木がすでにその姿を変え始めていることに気付いて、心をぎゅっとつかまれたり。

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ほら見てー! なんか出てる!

毎年この瞬間は、感動してしまうのです。冬を好きな理由は、こういうところにもあるのかもしれない。
別に、毎日毎日、春を探して空を見ているわけじゃないのに、何かの思いとともにふと空を見た時に、枯れ木に小さな、命の芽を見つける時。

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こういう小さなものにこそ、心を奪われてしまう。
地球にとっての人間ひとりなんて、この木にとっての新芽のひとつよりも、もっともっと小さいものなんだけど、でもみんな、一生懸命やってんのよね。

「呼びましたか」

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出ました、我が家のちいさなもの!
ちっちゃいけど一生懸命生きてる代表格、この毛だらけの、あったかいもの!

今朝もね、「朝ごはんのしたくをしてはいかがですか」と、寝ている私の上に乗ったりして静かにおねだりしてくるまるぴんに、仕方がないので朝ごはんをあげた後で、あたたかい布団に戻って二度寝できるだけでも、これ以上ない幸せなのに、そこへさらに、満腹満足&朝の見回りを終えたまるぴんが、「あたちも、ねるー」と再び布団に入ってきて、私にぴったりくっついて喉をごろごろ言わせているその振動を二度寝の浅い眠りの中でおなかの右側に受けながら、

いつかはみんな死んじゃうかもしれないけど、いや死んじゃうんだろうけど、でも今はものすごく、生きてる!!!(寝てるけど)

と、感じたのです。
つまり、私の言う「生きる」って、幸せであるっていうことなのだろうか。
他人から見たらただ寝っころがってるだけの、あすかまるの身体の中で、静かに湧き上がっていた「生きてる!!!」という思いと同じようなものを、犬や猫や、木の芽や、あらゆるちいさなものたちの中に、いつも勝手に見てしまうのです。

私も、人間の中でいうなら、かなり小さな部類に入るので、それで小さなものに、やけに共感しちゃうのかもしれません。

ちなみに、我が家のちいさなもの(私じゃなくて、毛のほうです)は、最近では、「あたちもちゃん」と呼ばれています。
人間たちがキッチンで何かやってると「あたちもー」、バスルームで何かやってると「あたちもー」、そろそろ眠ろうとしていると「あたちもー」・・・。気づくと、半径1メートル以内に家族全員集合していることがよくあります・・・。(家が狭い、とも言いますが・・・!)

さあーまた1週間、がんばるぞー! 毎日毎日を、一生懸命、生きるのです!
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