ベーグルの穴から見えた日記

任天堂のDNA

今週の私はというと、任天堂の岩田聡さんが55歳の若さで亡くなって、静かに衝撃を受けておりました。

2010年にクイーンズの図書館で借りた任天堂の本を読んで(過去記事にそう書いてあった。便利!)、任天堂という会社のすばらしさを知り、そんな会社を長年ひっぱってきた岩田さんのことは、時折文章を読んだりするぐらいだったのだけれど。

亡くなってしまったことで、岩田さんのことばをまとめて読む機会ができた。
(というのも、ほぼ日刊イトイ新聞が、岩田聡さんのコンテンツという、これまでの対談をひとところにまとめたものを用意してくれたのです。)

岩田さんが亡くなって、日本じゅうどころか、世界からお悔やみの声があがったとか。
筋金入りのゲーマーから、私みたいにゲーマーというほどではないけどゲームで遊んで育った人まで、何らかの形で岩田さんの持つゲーム愛に触れた人たちが、私みたいに悲しんでいるのだろう。

ゲームはアートで、舞台でいうところの役者が、ゲームでいうゲーマーなのだ。そう考えるなら、岩田さんをはじめとする任天堂のチームが、これまでに一緒にアートを作り上げてきた人の数って、ものすごいことになる。
一緒にアートを作ったら、ただそのアートの完成品を鑑賞しただけの場合よりも、ずっと深く長く、心に残るのだ。

プレイしていて、ゲームを作った人の愛や、楽しんで作ってる様子が、嫌味なく伝わってくるゲームがある。これもまた、演劇や音楽や絵画、他のすべてのアートと同じだけど、作り手の思いが強すぎても、一歩引いてしまうし、作り手の思いがある程度見えなければ、退屈になっちゃう。

何にも心配せずに、すべてを委ねて、そのアートに全身全霊で没頭できる幸せといったら!!

そして、そんなすばらしいものを作ろうとする人には、どういう視点があるべきなのか。
対談で話されている内容は、ゲームのことなんだけど会社のことだったり、人間関係のことだったり、人生のことだったりもする。
一気読みではとても吸収しきれない!

会社のあり方、自分の仕事、働く意味、そういうことについて考えないといけない時に、岩田さんの言葉に戻ってきて、また読んでみないといけないなと思った。きっとこの先何回か、そういうことがあるに違いない。

岩田さんが亡くなっても、残された岩田さんの言葉を通じて、岩田さんのDNAは、任天堂の人だけでなくもっと多くの人に少しずつ受け継がれていくのだ。

岩田さん、どうぞ安らかに。
岩田さんが亡くなった日、任天堂本社に虹がかかったんだそう。すごい! ゲームみたい! すごい人は、ほんと最後まですごいです。
みんなが言ってることですが、私もやっぱり、「岩田さん、ありがとう」しか言葉がないです!
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↑↓ 関連記事?? 実のところ、ランダムセレクションの非関連過去記事ですが・・・

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